冬の終わり

ここで文章を書くことも、えらい少なくなっていたなあと。
ぐるぐると季節はめぐって、もう、春のにおいがしてきました。
何周したのかな、


繰り返しに見えるような日々の中で、確実に何かが変わっているのだろうか?


そんな問いこそ繰り返しては、でも、また考える時間を十分にとらないまま
時間が過ぎていく、そんな感覚です。


悲観的なわけでなく、単純に、考えるのです。
この、今のこの時間を、過ごしているわたしについて。




すごくすごくたくさんではないけれど、
新しい出会いもあったりして。
うれしいです。


話すのがすきです。
でも、話すことがなくなってきたような気もするのは
どうしてなのかな?


話さなくても、一緒にいられるひとが増えたかな、とも思うし
話すことがないときに、無理矢理に話さなくてもいいかな、とも思う。


考えないと、(=耕さないと)
ゆたかには、ならない。
考えただけでも、ゆたかにはならない。きっと。




最近、「散歩しましょう」って誘われることが多い。

「遊ぼう」「会おう」「食事に行こう」「映画に行こう」「飲みに行こう」

いろんな誘い方がある中での、「散歩しましょう」。



そのことが、なんだか嬉しい。




わたしってつまらないかな、魅力的になりたい、
考えなきゃ、ゆたかになりたい、
そんなふうにいろんな欲があるなかで、ですが
その一方で、どんどんことばの要らなくなる関係も、魅力的であり。


もうすぐ、春がくるでしょう、
そのときに、ただなんとなく散歩して、
嬉しい顔で笑って、風があたたかくて、
そんなことだけで、いいのだって思う。



どちらも本当。




大事なひとは増えるし、減るよ。
嫌われたりもするし、かなしくもなるよ。
自己嫌悪に忙しい夜だって、あるよ。
伝わらないことばもある、気の合わないひともいる。



だから、なんだってーの、、、



大丈夫。

2012年をふりかえってみる

晴れ渡る月の光にうれしくも行手の道のささやかなりけり。


暗くて見えない道も月がさし初め 明るくなる如く幸福次第に加わる運ですから
あせらずさわがず静かに身を守って進むべき時に進んで何事も成就すべし

--------------------------------------


これは、2012/1/1 にひいた、おみくじのことば。
「月」がキーワードだったのがうれしかったし、
なんだか納得できるかんじ。
暗かったわけじゃないけど、太陽ではなかった。

この1年思い返すと、
いつもの顔ぶれですごしたなんてことない日常と、
お仕事のことが、ほとんどをしめていました



--------------------------------------



細かな変化はもちろんあった。
でも、なんて代わり映えのない1年だったんだろう。
なんて変化のない1年だったんだろう。
わたしはことばでつたえるのが下手になったし
まえより上手に笑えなくなった。
仕事はきらいではないけれど、たぶん、
生活を投げ出してでも続けたいほどには、好きではないと思う。
面白さは前よりわかってきた。
変化はあるけれどある意味では全く変化していない自分に気づく。
(でもメンバーはすごくいい。今までで1番いいと思う。)
自炊をした回数はきっと数えられる程度。
髪の毛もお肌も、お手入れは十分にできていない。
ときどきは会社に泊まったりしている。
休みの日はきまって下北沢にいる。
朝食はミクスチャか、リトルツリーか、ときどきユヌクレやモスバーガーにも行く。
パンを買って自宅で食べることも。
姉がコーヒーをいれてくれる。わたしは甘えてばかりいる。
コーヒーはだいたいモルディブで買う。
ミクスチャではカフェラテとタマゴパンを食べる。最近はカプチーノのときもある。
これは会社のADの影響かもしれない。
そのあとはふらふら買い物をする。
行くのはだいたいニューヨークジョー、マーブル、ダーウィンルーム、などなど。
気が向いたらほかの店にも入る。
誰かとどこかへご飯へいくこともあるけど、たいていひとりでふらっとそべいへ行く。
ルミさんはいつもビール?って聞く。そしていつもDVDを見せてくれる。
気がつくといつものメンバーが集まっていて、そして笑っている。
そんな、代わり映えのない風景が、ほとんど毎週あった。


気分転換をしたくて、髪を切った。
以前くらい短く。ちょうど、肩くらいのボブ。
恋人には長い方がいいと言われたけれど、
自分的にはしっくりきている。


「決意を新たにするだけで、ひとは変われるのかな?」


とても信頼している人に、こう聞いてみた。
答えは 変われない だった。
自分のアイデンティティは他人の中にあるから、
ひとから見た自分が変わっていなかったら、
それは変わっていないのとおんなしだって。

だから、誰に、どう思われたいかって、
大事なんだって。


わたしはすごくはっとして、
きっとそこがごちゃまぜなんだなって思った。


わたしは誰にどう思われたいのかな、
根本をたどって、それを考えてみようと思っています。


ああ、ほんとうにまだまだ未熟だなあ。





「晴れ渡る月の光にうれしくも行手の道のささやかなりけり。」



ほんとうにそんな1年でした。
2013年、きっと変化のある年にしたい、
変化を作り出せるようなじぶんでいたい、と思います。



それでいて、代わり映えのない愛すべき日常も、
大事にしたいと思います。



2012、出会ったすべてのひとに。
いっしょにすごしたたいせつなひとたちに。
ありがとうございました。



愛を込めて さちこ

恋に落ちる瞬間はいつも


本でも映画でも、曲でも、景色でも、なんでも。男女かかわらず、人も。ああ、これは恋だな、って、その瞬間にわかってしまうことって、ある。圧倒的すぎて。

The cold tommyというバンドの大ファンになりました。なんとなくそのときに思ったこと。たぶん、気付いた時には恋に落ちていて。理屈じゃないんだけど、理由とか、ちゃんとわかってるの。きっと。

「見たかった景色」

先日、代田橋CHUBBYで、だいすきな空間のなかで、だいすきな康平さんの絵に囲まれて、気持ちのいい音楽と、笑い声と、おいしい料理と、とにかく「場所」を感じる、とてもすてきなイベントがありました。わたしはやっぱり夢みたいに感じて、そこにいる得体のしれないきらきらしたあったかいものに、心底惚れているのだと思った。ずっとそこにいたいって思っていて、憧れで、だいすきで。そんな場所があってよかったって心からいつも思ったんだ。


タイトルだった「見たかった景色」。彼女は見たかった景色を見ることができたのか、そうではなかったのか、わたしにはわからない。きっとまだ誰にもわからない。わたしはあの展示で2枚の絵を買った。一枚は自分に、もう一枚は彼女に。わたしは今回展示された絵の中で、彼女に贈ろうと思っているあの絵が、主役だったと勝手に思っている。とびきりすてきで、夢みたいな、絵。


「見たかった景色」を見るために頑張っても、見えたものが「見たかった景色」じゃなかったとき、ひとはなかなかそれを認められないんだと思う。ショックだもの。見たかったもの、見たいよね。自分の頑張りが足りないんじゃないか、なんて、思うよね。だけどほんとうは違うんだ、「見たかった景色」は必ずあの場所にあって、きっと、何回でもチャレンジできるものなんだよね。逃げないよ、きっと。どこにもいかないから、ゆっくりでいいから、気を抜く場所ならここにあるから、またあなたが見たかった景色のところまで、歩いていってください。

緑色のギャラリーでの出会い


少しだけ悲しい気持ちで電車に乗っていた。
元気なんだけれど、どこか心細くて。


1番線なら、吉祥寺
2番線なら、下北沢。


いつもと違う街へ行ったら、気分転換になるような気もしたし、もっと心細くなる気もした。
新しいものと出会うのが、怖い気もした。


だから、なんとなく足は2番線のほうへ進んだ、
おうちにかえるみたいな気持ちで。




途中、急行への接続があったけれど、わたしは立たなかった。
だんだん、いつもの街に行くことが不安に思えてきて
いつもと違って映ってしまうんじゃないかって、怖くなった。
なぜだかひとりぼっちだ、と、思ってしまいそうだった。


日々の中には、こうして、
「わけもなく不安な日」があるということを、わたしは知っている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そんなときにふとリプライをくださったのが
サマさんでした。
「ヘンテコな絵は いかがですか」って。


都立大学駅で個展が開催中とのこと、
ぼんやりと、ああ、行くんだろうな。って、他人事のように思っていました。
わたしは、そのまま渋谷へ行きました。



都立大学は一度だけ降りたことがあったみたい。
改札の向こうの風景に、うっすらと見覚えがありました。




緑色のそのギャラリーはすぐに見つけることができました。
気持ちのいい空間の中にたくさんの絵が飾ってありました。


独特で、ヘンテコで、でも物語のあるすてきな絵でした。
遠くで見て、近づいて、一周して、また見ると、
まるで違う絵を見ているような不思議な感覚になりました。



そして、わたしのこころのなかのごちゃごちゃが、
不思議と、すーっと消えていくような感覚でした。
たくさんの細かい線でできているその絵は
見ていると心が洗われていくような、そんな不思議な、不思議な空間でした。



サマさんはわたしが本当に来たことに驚いていて、
でも喜んでくださいました。とてもうれしかった。


写真をアップしたらおともだちが
ほしい!っていったから、うれしくなって
プレゼント用にトートバッグを買いました。
だって、うれしかった、今日のこのできごとが、つながっていったのが。




お話の中で、
「昔はああ、失敗した、と途中でやめてしまうことがあったけれど、
今はない。どの絵も、なんとかなる(完成する)ようになった。」
というようなことをおっしゃっていました。


実は、それはとてもとてもすごいことなんだとわたしは思いました。



きっとわたしはまだ描ききれないんだと思った。
だからサマさんは大きいんだろうなと思った。



わたしが、そういうことができるようになるのは
いつになるだろう。
圧倒的にいろんなものが足りていないって感じる。
まだまだだなあって。



はじめて出会うひとと話すと、さいきんね、
自分てなんてつまらないんだろう!って思う。
だけど、どんどん変わっていきたい、出会っていきたい、
そのうちに、できるようになることもきっとあるなって、思いました。



わたしはいろんな大人に会って、いろんな話をしたい。
見て、感じて、考えて。もっと、いろんなことと出会いたい。



そしたらいつか、
一枚の絵を完成させられるように、なれるかな。

それでも本当に、何も変わらない

自分のむねにも刻みたいと思ったから書いておく。
2012年、9月6日。


ふと、思い出したけれど、
ひとひとり、亡くなっても、
世界は驚くほど変わらない。


自分のなかでは
何かが、大きく変わったと、
本当に変わってしまったと、


そう、思うのに。



それでも、本当に、何も変わらない。




電車も時間通りにやってきて
街には若者の笑い声。

そんなふうに。


何も、変わらない。




そのことにすごく戸惑った、
この、いつもの日常に溶けていく感覚を
はじめて恐ろしいと思った


確実にこころのどこかにぽっかりと穴があいているのに
そう、感じるのに。


ただただ、日常に戻っていく。



だけどそうするしかない、
きっと、そうすべきなんだろうなって、
わたしは、思っている。



息を吸って、吐いて、また吸って。
これを繰り返す以上、ひとは、どうしたってすすんでいくのだ。